画やロートアイアンなど自分で表現できること、それに日常の出来事や話題など気の向くままに紹介してゆきます。

2017年3月24日金曜日

信州上田・木っ端人形

春まだ浅い小諸は浅間おろしとでも云うのか風は冷たかった。
懐古園を訪れるのはやく50年ぶり、昨夜の宿も懐古園も藤村の所縁を感じながらのひと時。
今回の旅は昨日の木村忠太展が主な目的でしたがも一つ、それは農民美術の今を知りたかったこと。
我が家に素朴な小さな木彫りの 人形があって、子供のころから何故かひかれるところがあったのです。
父が若いころ多分戦前に手に入れたものですが素朴で削り後の残るような作りでしかも形はしっかりとして小さいのに存在感があるのです。繊細に描かれた顔や衣服は作り手の真面目さが感じられます。
どうもこれが木っ端人形という農民美術の一つらしいと分かったのはつい最近のこと。
で今回インターネットたのみで上田のコゲラの里工房さんをまず訪ねてみました。
工房の扉はしまってたのですがガラス越しの向こうに何体かの木っ端人形たちが見えました。
父のとは少し違いますが間違いなく木っ端人形たちがそこにいました。
工房の隣のご自宅を伺うと徳武さんが出てこられ、今日は家に来客があるので工房は閉めてましたとおっしゃるのを来訪の目的をお伝えすると快く工房に案内していただきました。
木彫作品や近頃作られたらしい木っ端人形、それにコレクションの昔の木っ端人形も見せていただきかっての農民美術の盛んだったころの話やこれからまた木っ端人形を広めようとなさってることなどのお話を聞かせていただきました。
右手前が我が家の木っ端人形、左奥はコゲラの里さんの

コレクションの中にはおそらく我が家のとは同じ工房で彫られたであろう言わば姉妹とも思える一体もありました。
それにしても父からはどこで入手したのかなど聞いたことも無く気持ちの隅っこで気になっていた人形のふるさとの地にこうしてたどり着け て感慨深いものがありました。
興味の尽きない話を聞かせていただきコゲラの里工房さんを後に し、つぎに上田の駅に近い栄屋工芸店さんに立ち寄ると、ありましたあの鳩の砂糖壺が。
やっと鳩も購入できたので満足してハンドルを一路京都へと向けました。
鳩の砂糖壺、左の尾っぽはスプーンのつまみ部分


2017年3月23日木曜日

上州から信州

何週間か前に高崎の美術館で木村忠太展が開催されてることを知り、館に尋ねたところ関西へは巡回展は無いということ、ならば画集だけでもと、ところが残部少なく来館者にしか販売できないので是非おいでくださいとのこと。
高崎まで~?
エイヤ、行ってみよう!
ブルターニュへのスケッチは無理だけど高崎なら行けるなあ。
というおかしな量りで天秤にかけるまでもないのだが。
軽井沢までは何度も仕事で行ったし、碓氷峠をの向こうだからと、
 高崎駅前あたりをきょろきょろするとすぐ美術館は分かりました。
ワクワクしながらドアを開けてからは時間が経つのも膝が多少堪えるのも忘れて色彩と構図の妙に画家の心の動きが感じられるように見入りました。
 幾重にも重ねられる色面と線の織りなしは画家の魂から絞り出されたものであることが伝わってきます。
心地よい興奮気味に美術館を後にして安中を目指し、新島襄旧宅を見学に行きました。江戸の藩邸で生まれた襄はこの家にはわずかしか暮らしてなかったそうだが米国からの帰国した際にはこの家の両親の元を訪ねたそうだ。
「八重の桜 」の後来訪者も増えたそうです。私もようやくこうして安中を訪ねることができ管理人さんの話を聞きながら遙か昔中学で新島伝記を学んだころのことを思い出しました。
そのあと妙義山の姿を見ながら小諸に向かいました。


2017年3月8日水曜日

春の展覧会・出品

二月の初旬に長岡京展の搬入がありました。
限度が20号なのでそのサイズで応募しました。
昨秋に描いていたものをかなり直して自分ではそれなりに充実した仕上がりになったと思ってだしましたが。
展覧会は3月3日から5日まで、ところが二月末になっても通知が来ない。いやな予感です。
それで事務局へ問わ合わせると中旬に通知ハガキを送ったということですが手元には来ませんでした。入選です・・・とのこと。
対面壁の作品が写り込んでいます
 続いて関西一陽展がありました。
5日は長岡京展の搬出 に行き手応えなく作品を持って帰る途中で関西一陽展の方は二点入選で奨励賞をいただけたとのこと聞きました。
時間切れで搬入したようなものなので殆ど自信はなかったのですが評価していただくとやはり嬉しいですね。少々凹んでいたのですが気分は回復です。
秋の断片1 100F モチーフが散漫になりました

秋の断片2 60F 人物の書き込みが全く足りません
会場の大阪市立美術館、右はしの掲示板に関西一陽展のポスターが